浦島物語のクライマックスは浦島太郎が玉手箱を開ける瞬間にあります。結末はご存知のとおり一瞬にしておじいさんになってしまうのですが、どうして乙姫様は玉手箱を太郎に渡したのでしょうか。乙姫様は太郎を愛していたのではないでしょうか。愛する太郎を不幸にするような玉手箱をわざわざお土産に選んだのはどういう理由なのでしょうか。
太郎は亀を助けた縁により、竜宮城に招待され乙姫様と恋に落ちます。3年間の甘い生活の後、ふと故郷が懐かしくなります。この辺はどこか人間のサガなんでしょうが、いったん思い始めると無性に帰りたくなるものです。物語では乙姫様の願いすら振り切るように帰って行きます。
ただここで不思議なのは何故かいったん竜宮城を離れると二度と帰れないと言う前提で話が進んでいるのです。そんな事はないでしょう。来る時だって亀の背中にのっかってスルリときたのですから、故郷を十分懐かしんだらまた亀を呼び寄せて竜宮城に戻ればよいではありませんか。
お盆や正月に里帰りをします。久しぶりに両親や親戚の顔を見たり、地元に残っている旧友なんかと会うのは楽しい時間です。でもそれは短期間だけの話で、時が経てばまた自分の家に戻ります。太郎が懐かしい故郷に帰ったのはそれぐらいの意味合いだと思います。
とくに太郎は帰ってみると300年も経っていたのですから、故郷に自分を知っている人は誰もいません。懐かしい風景をひと通り見たら退屈してまた乙姫様のもとに帰りたくなるのは当然です。爆弾のような玉手箱をわざわざ授けなくてもです。
それにもかかわらず玉手箱をなぜ太郎に渡したのでしょうか。乙姫様の嫉妬でしょうか、太郎の故郷に愛人でもいると考えていたのでしょうか、でも300年も経てば子孫すら生き残っているかどうか分かりません。となると謎は玉手箱に帰ってきます。
太郎は300年をたった3年にしか感じなかったのですが、そうするためには自然でない操作を施す必要があります。乙姫様はもとより竜宮城の住人すべてがそう感じなくてはいけないわけですから、乙姫様が竜宮城全体に時間を遅らす結界を張っていたと考えます。
その結界は時間を遅らすだけではなく海の住人ではない太郎を海の中で暮らさせる効果もあったのではないかと思います。いやむしろ逆で最初は亀のお礼をするために太郎を竜宮城に招待するための結界であったはずが、さらに時間の結界まで張ることになってしまったのです。それは乙姫様が太郎に恋をしてしまったからです。
時間の結界を張ったのは何故か、それは愛する太郎と永遠の時を過ごすためではなかったのでしょうか。さらにその結界を張り続けるためには乙姫様の力をもってしても大変な努力と手間がかかるものであったに違いありません。それだけの愛を傾けたというのに太郎は帰るという、太郎を帰すためには結界を解かなければならない、300年にわたって結界を張り続けた乙姫様はもう一度これを張りなおす力がすでになくなっていたのではないかと思います。
だから太郎が故郷に帰るのを乙姫様はあれだけ嫌がったのだと思います。離れると2度と会えない永遠の別れになってしまう、太郎にもウスウス分かっていたのでないかとも思われます。そうでなければ「ちょっと里帰りしてきます。1週間もあれば帰りますのでその時には迎えの亀をよろしく」とでも言って出て行けばよいのですから。
で、玉手箱の中身なんですが、300年の結界の澱みが詰まっていたのではないかと推測します。大変危険な代物でおそらく乙姫様でも竜宮城で開ければおばあちゃんになってしまうものであったに違いありません。乙姫様も処理に困ったと思われますが、そのとき乙姫様にふと悪魔的な考えが芽生えたとしてもおかしくありません。
太郎は行ってしまう、もう2度と会えない。こんな玉手箱に封じ込めるほどの危険な物を作るほどの愛を傾けたのに太郎は行ってしまう。故郷に帰った太郎はきっと新しい恋人を作るに違いない。そんなことは許されない。そうだ太郎に持って帰ってもらおう。そうすれば竜宮城も安全だし、絶対に開けてはいけないと言っておけば故郷に帰るまでは開けないだろうし、そのうち開けるだろうけど、そのときは太郎はおじいさんに成り果てるのだから、他の女性に太郎を盗られない・・・。
結局、玉手箱は太郎を永久に独占したい乙姫様の執念の結晶だったのではないでしょうか。